大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)7776号 判決 1988年11月17日
原告
西口和男
ほか一名
被告
富士火災海上保険株式会社
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、各金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 保険契約
被告は、保険事業を営む会社であるが、昭和六〇年八月一六日、亡西口哲也(以下「亡哲也」という。)との間で、同人を被保険者、保険期間を同日から同月一八日まで、死亡保険金を金二〇〇〇万円、被保険者死亡の場合の受取人を相続人とする国内旅行傷害保険契約(以下「保険契約」という。)を締結した。
2 保険事故の発生
亡哲也は、昭和六〇年八月一七日午前二時一五分ころ、訴外占部信行運転の普通乗用自動車(福山三三ろ二七六号、以下「占部車」という。)の屋根上に乗つて広島県尾道市西則末町一二番四五号先路上を走行中、路上に転落して脳挫傷等の傷害を負い、同月二一日午後三時三〇分、右傷害により死亡するに至つた(以下「本件事故」という。)。
3 原告らの保険金請求権の取得
原告西口和男は亡哲也の父、原告西口節子は亡哲也の母であるところ、亡哲也には他に相続人はいないから、原告らは、前記保険金請求権を各二分の一の割合で取得した。
4 結論
よつて、原告らはいずれも被告に対し、各金一〇〇〇万円の保険金及びこれに対する被告が保険金の支払を拒絶した日の翌日である昭和六〇年一二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因事実はすべて認める。
三 抗弁(免責)
本件保険契約の普通保険約款第三条第一項第三号によれば、被告(保険者)は、傷害が被保険者の「闘争行為」によつて生じたときには免責されるものと定められている。ところで、亡哲也は、昭和六〇年八月一七日午前二時ころ、広島県福山市本庄町付近の国道二号線において、暴走族仲間である友人七名と二台の乗用自動車に分乗し、ジグザグ運転をするなどしていわゆる暴走行為をしていたものであるが、折から福山市内の暴走族通称「小判鮫」グループの訴外占部ほか五名が搭乗する自動車と出会い、口論となり、その後両グループの間で、尾道方面への約二〇キロメートルの間、互いに挑発し合いながら追抜きや進路妨害などの暴走リレーをしていたところ、訴外占部らのグループが亡哲也らのグループの車両にコーラ瓶やナツトを投げつけ、亡哲也運転車両の後部ウインドガラスを破損したことが契機となつて、同日午前二時一五分ころ、尾道市高須町付近において、亡哲也らのグループは、訴外占部らのグループの自動車の進路を塞いでこれを停車させ、これを取り囲み、訴外占部らを車外に連れ出そうとして、一せいに同車を足蹴りにするなどしていた。亡哲也は、逃走しようとした占部車のトランクにとび乗り、そのまま走行を続けた占部車の屋根にのぼつてこれにしがみついていたところ、訴外占部は、途中で自車の屋根に亡哲也が乗つていることに気づいたが、そのまま自車を進行させ、急発進をしたりジグザグ運転をして亡哲也を振り落したものである。右の経過をみれば、亡哲也が傷害を受けたのは、喧嘩闘争行為によることが明らかであり、被告は、保険金支払の責任を免れるものである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。亡哲也は、占部車が逃走しようとして一たんバツクし、直ちにハンドルを左に切つて急発進したため、占部車の右側後部ドア上部辺りを両手で把んでいたので引きずられ、後部トランクをまたぐ格好で占部車に連れ去られたものである。訴外占部は、発進後間もなく、亡哲也が自車のトランクの上に乗り、屋根に手をかけてへばりついているのに気づいたが、これを振り落そうとし、ジクザグ運転をしたり、速度を時速一〇〇キロメートルに上げるなどして走行を続け、尾道バイパスの側道を下つて国道一八四号線三次分れ交差点を左折した直後ころから再びジグザグ走行に移り、急ブレーキをかけるなどして、亡哲也が占部車に乗つてから約三・五キロメートル進行した地点で同人を路上に転落させた。亡哲也は、占部車に乗つてからは降りるに降りられず、振り落されまいとして必死に占部車にしがみついていたところ、訴外占部の前記無謀運転により遂に力尽きて屋根から転落したものである。このように、恐怖におののき、全く無力の状態になつた亡哲也は、相手方との攻撃・反撃がその方法、程度において隔絶した差があり、これを喧嘩闘争行為とみるのは相当ではない。
第三証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求の原因事実(本件保険契約、保険事故の発生、保険金請求権の取得)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、本件保険契約の普通保険約款第三条第一項第三号には、傷害が被保険者の「闘争行為」によつて生じたときには保険者は保険金支払責任を免責されるものと規定されていることが認められる。
二 そこで、本件保険事故が右約款にいう「闘争行為」に該当するか否かにつき検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第一ないし第三、第八、第一〇ないし第一二、第一四、第一六、第一八ないし第三六、第三八、第四二、第四三号証、第四四、第四五号証の各一、二、第四六ないし第五二、第五四ないし第七八、第八三ないし第八八号証を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 亡哲也は、昭和六〇年八月一七日午前一時四〇分ころ、友人七名とともに自己が運転する普通乗用自動車(泉五七に二五七五号、以下「哲也車」という。)と訴外本田憲明が運転する普通乗用自動車(なにわ五五と二六三号)に分乗して広島県福山市内の国道二号線を走行中、そのナンバーが大阪ナンバーであるところなどから付近を走行していた占部車に同乗する地元の暴走族「小判鮫」所属の訴外占部ほか五名に目をつけられ、怒鳴りつけられたりカセツトテープを投げつけられたりした。亡哲也らは、これを無視してそのまま進行したが、占部車はなおもその後方を走行してきて難癖をつけそうであり、本田車には女性が乗つていたところから、亡哲也は、占部車を自車に引きつけようと考え、信号待ちで停車した占部車の前に自車を割り込ませ、これを追い抜こうとして占部車が迫つてくると、その進路を妨害するなどした。訴外占部らは、一たんは哲也車を見失つたが、尾道バイパス付近でこれに追いつき、哲也車目がけて瓶やナツトを投げつけたところ、右ナツトが前方を走つていた哲也車のウインドガラスに当たり、ガラス全体にひびが入つた。
2 そこで、亡哲也は、訴外占部らを懲らしめてやろうと考え、同日午前二時ころ、自車を広島県尾道市高須町一、一九三番地の八尾道トラツクステーシヨン東方約五〇メートルの道路上に停止させ、その後方に停止した占部車を自車に同乗していた訴外清水孝佳、同宇部宮賢、同北方道弘とともに取り囲み、訴外清水において、占部車の助手席側の開いている窓から手を差し込み、「お前ら何を考えてるんか、出てこい」と怒鳴りながら占部車の助手席にいた訴外槙野訓裕の胸ぐらをつかんで車外に引きずり出そうとし、更に、逃げようとする占部車の後部座席の窓から手を差し込んで訴外向井耕治の左肩をつかみ、同人を車外に引きずり出そうとしてもみ合つた。また、訴外宇都宮は占部車の前照灯を蹴ろうとし、亡哲也もこれらに呼応して、「おどりや下りてこい」などと怒鳴りながら運転席側後部座席の窓から訴外北川修を車外に引きずり出そうとして手を差し入れ、こもごも占部車のボデーを蹴つたり叩いたりした。
3 訴外占部らは、このような亡哲也らの反撃にあつて恐れをなし、占部車を一たんバツクさせたのち前進させ、その場から逃走しようとしたが、亡哲也は、逃走しようとする占部車のトランクにとび乗り、屋根に手をかけてこれにしがみついた。
4 占部車は、右地点から亡哲也が転落した前記地点までの約三・四キロメートル、約一五分間、亡哲也がしがみついている状態で走行を続けたものであるが、訴外占部らは、発進後間もなく亡哲也が占部車のトランクの上に乗り、屋根に手をかけてしがみついているのを知つた。しかし、訴外占部は、同乗者の「人が乗つてくるぞ、しやくれ」という声に呼応して速度を上げ、ジグザグ運転をしながら時速約一〇〇キロメートルで約七〇〇メートル先にある防地トンネルに差しかかつた。ところが、同乗者の間から亡哲也の転落を心配して減速しようとの声が出たので、訴外占部は、これに応じ、亡哲也を吉和まで連行して痛めつけるべく、時速約七〇キロメートルで自車を進行させ、国道一八四号線の三次分れ交差点を左折した際には、占部車の速度は時速二〇ないし三〇キロメートル程度になつていた。
5 ところで、占部車が右交差点を通過するころには、亡哲也は占部車の屋根によじのぼり、腹這いの状態で占部車にしがみついていたが、占部車が右交差点を左折した直後ころ、亡哲也は、占部車のフロントガラスを蹴り始めて遂にこれを蹴破り、更にリヤガラスをも破損しようとした。
6 そこで、訴外占部らは、これにひどく腹をたて、こもごも「しやくつちやれ、落しちやれ」などと言い合い、これをうけて訴外占部は、本件事故現場までの約九〇メートルの間、時速約四〇キロメートルでジグザグ運転をしたり、急ブレーキをかけて急激にこれを解除したりしたため、遂に亡哲也を自車の屋根の上から路上に転落させた。
右の事実によれば、1の段階ではいまだ主に訴外占部らの攻撃があるだけで喧嘩には必ずしも至つていないといえるが、2の段階に至り、亡哲也らが停止した占部車を取り囲み、これを蹴つたり叩いたりし、怒号しながら訴外占部らを車外に引きずり出そうとするに及び、攻撃の主体は完全にところを変え、亡哲也のグループと訴外占部のグループによる喧嘩闘争状態に立ち至つたものというべきであり、それ以降の亡哲也が逃走しようとする占部車にとび乗つてフロントガラスを蹴破つたりなどした行為も、訴外占部が亡哲也を振り落した行為も、いずれも全体として右喧嘩闘争の一環をなすもので、本件事故は、まさに「闘争行為」によつて生じたものと認められる。原告らは、亡哲也は占部車に連れ去られただけのものであり、同人はその後降りるに降りられなくなつただけであるから、喧嘩闘争行為とはいえないと主張するが、亡哲也が占部車に乗つたのも、これに乗り続けて占部車を破壊するなどしたのも、いずれも亡哲也の一連の攻撃的意思に基づく闘争行為であることは前記認定のとおりで、それが同人にとつて全く受動的な行為にすぎなかつたとは到底いうことができないし、亡哲也は前記経過をたどる中で逃走する訴外占部らを攻撃する意思をもつて占部車にとび乗つたものである以上、その後の行為だけを切り離してそれは著しく攻撃的要素の少ないものとみるのは、闘争行為を全体として観察せずにこれを分断し、その部分だけで闘争行為か否かを判断しようとするものであつて、正当ではないというべきである。したがつて、被告は、本件事故につき、保険金支払の義務を負うものではない。
三 よつて、原告らの本訴各請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下滿)